グリム童話集の「子供たちが屠殺ごっこをした話」(Wie Kinder Schlachtens miteinander gespielt haben)は、あまりの残酷さから、初版のみの収録。
「子供たちが屠殺ごっこをした話」は2話構成です。
1話目の感想:
屠殺屋(とさつや)ごっこってのがスゴイね。
英語だと「butcher」(ブッチャー)なのかな?(地獄突きのアブドーロザ・ブッチャーを思い出す。)
屠殺屋ごっこをする子どもたちに輪をかけて、裁判官の迷裁きが映えます。
無邪気な子どもが罪の意識もなく屠殺屋ごっこによって”豚”役を殺害し、
無邪気な子どもですから笑いながら林檎を選んだのだとすれば、
「無邪気」そこにはとんでもないモノが潜んでいるといったとこでしょうか?
もしかしたら、この裁判官は子どもたちが罪を認識しているのか?責任能力はあるのか?
という点を「金貨」と「林檎」で判断したのかもしれませんね。
そうであれば、迷裁きではなく、ナイスな裁きだったのか?
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ぎもん
グリム童話, 屠殺ごっこ
飢死しそうな子どもたち(Die Kinder in Hungersnot)は、グリム童話の初版に収録されている作品です。
「ほんとうは怖いグリム童話」ってのが昔、ベストセラーになってましたがほんとに怖いね。
なんか、非常に卑情でせつなくて……
でも、終わり方が「娘たちはどうなってしまったんだろう……」と思わせるあたり秀逸です。
娘たちは餓死していて母親に殺されることに気がついていなければと願います。
あ、でも、娘たちの最後については言及されていないから、逆に母親が逝っちゃってる可能性もありますね。
でも、こんな淡々と怖いこと書いちゃうんだからそんな甘くないかな?
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ぎもん
グリム童話, 子ども, 餓死
グリム童話(Kinder und Hausm醇Brchen)に収録(KHM 117)されている「わがままな子ども」(Das eigensinnige Kind)
なんだか、わけが分からないんだけど、これまた怖いというか人の尊厳が見えてきません。
子どもは物事をまだ知らず、自分一人では生きていけないがゆえ、他者からの自己への愛を確かめるためにわがままを言うものでしょう。
大人になったって、わがままを言っていい度合いを知っているだけで同じようなもんだし。(たまに度合いが非常識で迷惑な人もいますが……)
神罰が下るのではなく、悪魔が災いをもたらしたと言うんなら「そっか?」と微妙に納得できるんですが。
この手が何度も出てくるというのはなにを意図しているのでしょうか?
そして、棒で手を叩くというのはなにを意図しているのでしょうか?
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ぎもん
グリム童話, わがまま, 子ども